性器ヘルペス(ウイルス性・性病疾患第4位)
原因と感染経路
性器ヘルペスは単純ヘルペスウイルス1型(HSV-1)または2型(HSV-2)の感染によって、性器が浅くただれたり、水ぼうそうのようなブツブツができる疾患です。感染している相手とのセックスやオーラルセックスが主な感染経路ですが、ウイルスが付着したタオルや便座等の物を介して感染する事もあります。現在、クラミジアと並んで最も陽性率の高い疾患です。
一旦感染すると、体内からヘルペスウイルスを取り除くことは出来ないため、ウイルスは生涯に渡って神経節に潜伏します。
初めて感染した時はたいてい2~10日ほどで症状が出てきますが、症状が出ずにそのまま潜伏する事もあります。健康な時は、潜伏しているウイルスは免疫力で抑えられていて、活動がないため症状は出ません。しかし、疲労やストレス等で免疫力が低下してウイルスが活動を始めると症状が出てきます。この事を再発といいます。ただし、何らかの症状が出ていても、約60%の人は性器ヘルペスに気づかないと言われています。特に、臀部に出た時には気づかない事が多く、便座から家族にうつす事が多いようです。女性の場合、浴室の床からうつる事もあります。
現在のところ、性器ヘルペスの受診患者数は年間約7万2千人と推測されています(※1)が、日本人の5~10%が単純ヘルペスウイルス2型の抗体を持っていると考えられています(※2)。
- ※1 熊本悦明ほか、日本感染症会誌 15,17 2004
- ※2 川名尚、臨床と微生物 32,3 2005
男女別の症状
男性性器ヘルペス
性交渉あるいはオーラルセックス等の感染の機会があってから2~10日の潜伏期間ののち発症します。性器でも特に陰茎に多発性の小水疱が出現し、3~5日後には水泡が破れて潰瘍を作ります。
初感染では症状が強く、尿道にも病変が及ぶ事があり、痛みを伴い全身の倦怠感やそけいリンパ節の腫張や圧痛がでることもあります。又この潰瘍から二次感染といって他の菌が侵入し、粘膜下に炎症が拡大することもあります。
再発の場合は初感染の時より症状が軽くて済むことが多いのですが、病変のある間は性交渉でパートナーにうつす可能性が非常に高い、又男性の場合非常に再発がおきやすく、50%以上の人が3ヶ月以内に再発するといわれています。
女性性器ヘルペス
性行為の様な感染の機会があってから、2~10日くらいして外陰部の不快感、ときに掻痒感を感じているうちに、急激に外陰部の疼痛が出て、ときに歩く事もつらい、排尿できないぐらい強くなることがあります。
外陰部の所見として広範にわたって多数の浅い潰瘍(皮膚や粘膜がはがれて皮がむけた様になってくる)が両側の大・小陰唇にできます。さらにその潰瘍の周囲には、小さい水ぶくれが出来る事もあります。潰瘍の表面には死んだ細胞が黄色く付くこともあります。
ひどい場合には足のつけ根(そけい部)のリンパ節が腫れたり、発熱や頭痛、全身倦怠感等を訴えます。 稀な事ですが、ウイルスが髄膜の方に進んで、髄膜炎を発症したという例も報告されています。ウイルスが膀胱の方に入って排尿痛や頻尿のような膀胱炎の症状がおきることもあります。
いったん治っても再発(繰り返し水ぶくれや潰瘍などが出現する場合)はよくみられます。再発の場合はまず熱が出ることはなく、痛みも軽く、そけい部のリンパ節が腫張することもあまりありませんが、病変がある間は性行為によって相手にうつす可能性が高く、妊娠時に症状が現れた場合は注意が必要です。分娩時に産道で胎児に感染することもあります。
再発のきっかけははっきりしている場合もありますが、はっきりしていないことも多いようです。全身の免疫力が下がった時や、月経を契機として再発する場合があります。ひどい場合には月経の度ごとに必ず再発するという例もあります。
再発の回数ですが年をとるにつれて少なくなっていく傾向がある様ですが、年1回あるかないかという軽いものから頻繁に繰り返すものまでさまざまです。
性器ヘルペス患者の年齢分布に、20歳代から急速に患者数が増加しており、女性の方が男性より約2倍多いという事実があります。また、女性は再発時でも痛みや不快感が男性よりも強い傾向があります。
当クリニックには女性専用の待合室もあります。
性器ヘルペスは再発を繰り返すことが多く、患者さんの精神的な負担が大きい疾患です
ヘルペスウィルスは症状が治まった後も体内からいなくならず、神経節に潜伏します。そのため風邪や過労、精神的ストレスなどで抵抗力が弱ったり、性器に刺激が加わった時に再発することがあります。そのため、患者さんは再発とパートナーに感染させることへの不安を常にかかえています。
アンケート調査によれば、患者さんが最も苦痛に感じていることは、「再発を繰り返し、いつ治るのかわからない」ことでした。その他、「他の人にうつしてしまうか心配。」「かかった事を他の人に知られたくない。」「イライラや気分が落ち込む。」「いつ再発するか不安。」「妊娠、出産に対して心配。」「セックスが自由にできない。」「痛みや痒みが苦痛。」等がありました。
また、パートナーへの感染や自分の子供への感染についても半数近くの患者さんが不安を感じています。
再発は初感染の時と症状は同じですが、症状も軽く、期間も短いのが特徴です。
また、別の患者アンケートの調査では、患者は再発のたびに受診しておらず「病院へ行く時間、暇がないから。」が理由として最も多く、「以前病院に行った時にもらった薬が残っているから。」の回答が多く「病院へ行くのが恥ずかしい。」等の回答が病院へ行かない理由として多く見られました。
検査法
さまざまな検査を組み合わせるのが一般的です。残念ながら、どの検査方法をとってもヘルペスウイルスを100%確定するものではないのですが、普通「血清抗体測定」を行います。
治療法
「抗ヘルペスウイルス薬」を使用します。
この薬はノーベル賞をもらった画期的な治療薬で、大抵は5日間の内服とぬり薬の投与で治ります。
ヘルペスの発症を頻繁に繰り返す方には、現在、保険適用となった発症を予防する薬もあります。過去1年以内に6回以上再発を繰り返す患者さんに対しては、精神的苦痛を取り除き、他人への感染を予防するため、抗ヘルペスウイルス薬の継続投与による再発抑制治療があり、 1年間、1日1錠、バラシクロビル塩酸塩というお薬を服用すると、ウイルスの増殖が抑えられ性器ヘルペスの再発頻度が劇的に少なくなります。
先に述べたとおり、ヘルペスウイルスは一旦感染すると体から取り除く事は出来ませんが、この薬による再発抑制治療で再発のリスクが格段に低下しました。もちろんパートナーや家族への感染も格段に減らすことが可能です。
また、最も新しく保険適用になって可能になった治療法として、患者さんの判断で服用を開始して2回の服用だけで治療が完結するPIT(Patient Initiated Therapy)療法があります。
最新のPIT療法
再発性性器ヘルペスを繰り返す方の約8割は症状が出てくる前に、その部分がチクチク、ヒリヒリする、ゾクゾク、ムズムズする違和感といった知覚症状(神経刺激症状)や痒みといった前駆症状を感じ、「ヘルペスがまた出てくるな」といった予兆を感知しています。この再発の初期症状の出現後1回目は6時間以内、2回目は1回目の服用から12時間後を目安(6~18時間後の範囲)に服用を開始するPIT(Patient Initiated Therapy)が保険適用になって可能になりました。
ただし、腎機能障害のある方には減量して使う必要があるのと、妊娠、または妊娠している可能性がある場合には服用しないという事に留意して下さい。
対象となる方:以下の全てに当てはまる方
- 再発性の単純疱疹の方
- 同じ病型の再発頻度が年間3回以上の方
- 再発の初期症状を自分で判断できる方
- 腎機能の状態を踏まえて、服用時の適切な用法・用量が選択できる方
初期症状が出て直ぐに服用を開始するために、再発に備えてあらかじめお薬を処方出来ます。
治療の流れ
次のような方は服用前に必ず伝えて下さい。
- 以前にお薬を使用していて、痒み、発疹等のアレルギー症状が出た事のある方
- 腎機能障害、血液透析中の方
- 妊娠または授乳中の方
- 他にお薬等を使っている方
PITとして予め薬剤を入手しておくと、患者さんは、症状の出現くい止めたり、極めて軽症の発現となる治療を速やかに開始できます。「再発しても速やかに治療を開始できる」という安心感とともに日常生活を快適に過ごす事が出来ます。
PITは現在「ファムビル」という薬しか承認されていない治療法ですが、この薬を常に鞄の中に入れて持ち歩き(携帯に適した袋をお渡しできます)、初期症状を感じたら直ぐに服用する事が大切です。そして服用後は都合の良い時に、なるべく早く再受診して次の薬を入手しましょう。
再発性性器ヘルペスの患者さんは10代、20代の方が多いのですが、再発時に受診しない大きな要因として「病院に行く時間を確保する事が難しい」事が挙げられています。PIT療法は、症状が無い時の来院でも処方が可能であり、日常生活の妨げになりにくい事に加え、早期治療の観点からも患者さんの治療満足度の向上に寄与すると思われます。
当クリニックでも、患者さんの満足度は非常に高く、PIT療法を行っているほぼ全員の方から感謝され、大変嬉しく思っています。PIT療法を始めていない他の再発性性器ヘルペスの患者さんにも薦めるべき治療法と感じています。
性器ヘルペスの原因である単純ヘルペスウイルスの体内のウイルス量は、前駆症状が感知されてから1時間以内にピークの3分の1近くまで上昇し、48時間後にピークに達することがわかっています。つまり、患者さんの多くはウイルス量の増加が顕著になってから受診していると考えられるのです。
そして、性器ヘルペスは又、精神衛生上の問題が関わってきやすい病気です。パートナーへの罪悪感、恨みつらみ、人間関係への不安など精神的なダメージが強く発現する事が多いため「not alone」の精神で、患者さんと医師の良好なパートナーシップの意識が大切な疾患だと言われています。
性器ヘルペス患者が、どの様な点に苦痛を感じているかについての調査では、「再発を繰り返し、何時治るかわからない」「パートナーに感染させると悪い」「セックスが自由にできない」「自分の子供に感染させないかと心配」といった悩みが上位をしめ、「かかった事を他人に知られたくない」「イライラや気分が落ち込む」等がこれに続きました。再発を繰り返すと、精神的ダメージとして抑うつ気分→積極性の欠如→自殺企図の懸念まで進む事があると言われています。
ヘルペス再発の主な原因として、疲労、発熱、ストレス、月経、セックス等が挙げられていますが、若い世代の人達には疲労と精神的ストレスが誘因となる事が一番多いようです。
これまで行われていた「バラシクロビル」という薬を1日1錠、1年間に渡って服用を続ける再発抑止療法とPITの使い分けについては、1年あたりの再発頻度により決めることが妥当と思われます。バラシクロビルの再発抑止療法は「概ね年6回以上」、ファムビルのPITは「年間3回以上」なので、再発頻度により使い分けできます。また、患者さんの治療目的に応じて選択肢を分ける事も出来ます。
人に感染させたくない、再発頻度を下げたいという目的があれば、バラシクロビルの再発抑止療法になりますが、それ以外ではファムビルの「PIT療法」が可能です。また、1年間のバラシクロビル塩酸塩の再発抑止療法が終わり、無投薬の状態で再発頻度が少なくなってから「PIT療法」を行う事も可能です。再発頻度が高い患者さんには、再発抑止療法とPITを上手く組み合わせる事で、性器ヘルペスがよりコントロールしやすくなる事が期待されています。
性器ヘルペスのよくある質問
医師には守秘義務がありますので、患者として受診した方の病気について無断で誰かに話す事は絶対にありません。医師の検査を受け適切に治療する事で、症状を軽くし早く治すことが出来ます。
また、心配をずっと抱かえている事は精神衛生上好ましくないので積極的に受診しましょう。
性器ヘルペスの診察は主に視診です。性器の周辺やお尻に、特徴的な小さな赤い水ぶくれや痛み、痒み等があるかどうか診察します。また、症状のよく似た他の病気との識別のために血液検査をする事があります。
パートナーや家族の性器や臀部の皮膚、粘膜に炎症が出た場合には専門医を受診しましょう。また、パートナーや家族に感染したかどうか不安な方は、専門医に相談しましょう。
性器ヘルペスの治療には、ウイルスが増えるのを抑える「抗ヘルペスウイルス薬」の飲み薬や塗り薬を使います。このお薬は、ウイルスが増殖している時に効果を発揮するので、症状が出たら出来るだけ早く使い始める事が重要です。お薬を使う事で症状を軽減し、治癒までの期間を短くする事が出来ます。
お薬を使用しても2日程は症状が悪化する事があります。自己判断でお薬の服用方法を変えたりせず、医師の指示通りに服用して下さい。
再発を高頻度で繰り返す人に対しては、チクチク、ヒリヒリといった痛み等、再発の初期症状を感じた段階で直ぐに治療を始められるよう、あらかじめお薬をお渡し出来る場合もあります(PIT療法)。また、お薬を飲み続ける事で再発しにくくする治療法(再発抑制療法)もあります。
こわいというと、このウイルスが体に侵入するといずれ死に至るとか、がんになってしまうとかいうことだと思いますが、そういうことはありません。通常は、生命に関わる病気ではないので心配しすぎる必要はありません。ただし、症状が発現している時の性交渉によって相手にうつす可能性が非常に高い病気です(感染力が非常に高い)。
初感染のときは痛みも強く発熱など全身症状が強いこともあってつらいことはありますが、再発のときは軽い症状ですむことが多いのです。
梅毒などではかかっていることを知らずに治療せずにいると将来、神経、その他の臓器も冒されて大変悲惨な状態になる事がありますが、その様なおそろしいことはヘルペスでは起きません。
確かに性器ヘルペスが増えているという報告がアメリカ、イギリスなどから発表されています。アメリカでは60年代に比べると10倍くらい増えているといわれていますし、イギリスでも最近毎年6%くらいづつ増えているなどという報告もあります。日本ではこれらに匹敵する様な詳しい統計がないのではっきりとした科学的根拠はないのですが、私のクリニックでも最近とみに増えてきているという印象を持っています。
増えた原因が何かということがよく問題になりますが、その第1の原因として特に欧米諸国などでは性の解放と自由な性活動が挙げられており、日本もその傾向があると思います。
第2にヘルペスで面倒なのは一度かかったら再度おきないのではなくて、その後によく再発がおきることです。
第3にヘルペスウイルスを完全に体の中から取り去ってしまうことができる薬剤がまだ開発されていないということもあります。 梅毒や淋病のような代表的な性病は抗生剤に感受性が高く、大体完治させることができますが、ヘルペスはそのような薬剤が全くないというところが問題です。
第4に避妊の為にコンドームを用いなくなっている傾向があります。コンドームは避妊効果と同時に性器と性器の直接接触を防ぐので、性病の感染予防に役立ってきました。ところがピル(経口避妊薬)が普及してコンドームを用いなくなったため、ヘルペスだけでなくあらゆるSTD(Sexually Transmitted Diseases/性行為感染症)が増加してきているといわれています。
以上のようないくつもの原因が重なって性器ヘルペスが最近増えてきているのではないかといわれています。
ヘルペスはウイルスによっておきる病気ですから、性器ヘルペスができている時は相手にうつすことがありますのでセックスはやめた方がよいと思います。そして性器ヘルペスの症状が完全に治まってしまった時はセックスをしても構わないと思います。
又、相手の方に性器ヘルペスが出ている場合は同じ理由でセックスは避けた方がいいということになります。
どうしてもという場合は、もしペニスにだけできている場合ならコンドームを使えばある程度感染の危険性は減りますが、できている場所が陰茎だけでなく、陰のうや大腿部であったりするとコンドームだけでは防げないということです。
やはり性器ヘルペスのできているときはセックスは避けた方がいいと思います。
結婚生活で性器ヘルペスがどういう問題があるかということですが、まず性生活が可能かということだと思います。
この点に関しては性器ヘルペスの病変が出ていない時は性生活をもってもほとんど心配ないと思います。万が一相手方にうつしてしまっても、その相手が重大な病気になるというようなことは考えなくて良いと思います。
次に女性がかかった場合、子供が産めるかということですが、妊娠して健康な子供をもうけることは可能です。ただし妊娠中の管理をきちんとして、場合によっては帝王切開で子供を産ませる必要がある可能性はあります。
ヘルペスウイルスが下着に濃厚に付着している可能性があるなら、15分以上煮沸消毒するかアルコールで消毒して下さい。それから他の洗濯物と一緒に洗っても構いません。その後、日光にあてて十分乾燥させれば完璧です。
性器に症状が出ていない時は、このようなことは不要です。
栄養のバランスが取れた食事と十分な睡眠、適度な運動により疲れやストレスを溜めないようにしましょう。患部を清潔に保つため、症状が出ている時もボディソープや石鹸を良く泡立てて優しく使いましょう。
- 患部に触った後は石鹸で手を綺麗に洗いましょう。
- バスタオルは共用しない様にしましょう。なお、洗濯、乾燥により単純ヘルペスウイルスは除去できます。性器ヘルペスの方が入ったお風呂に浸ってもウイルス感染する事はほとんどありません。
- お尻に症状が出ている時は、ウイルスが便座に付く事があるので、お尻が直接便座に触れないようにするか使用後はエタノールで消毒すると良いでしょう。女性の場合、大陰唇や小陰唇に病原菌があると、浴室の椅子から他人にうつす事があります。
- 性器ヘルペスの症状が出ている間はセックス、キス、オーラルセックスは控えましょう。